こんにちは、chacoです。あっという間に5月に入りましたね。年を重ねる毎に月日が経つのが早く感じます。毎日時間に追われまくっているので少しゆっくりする時間を持たないとなと毎日考えながらバタバタしています😅
さて、今日はchacoが新卒から今までの仕事の話と考え方の変化について話していこうと思います。
ワーママとして毎日バタバタしながらもこの働き方で良いのかなと最近すごく思うようになったのが記事を書こうと思ったきっかけです。
新卒から入った会社から今まで
早速ですが、新卒で入った会社を世間の3年頑張れに則って3年で辞めました。
と言っても、仕事自体は嫌ではなく同期にも恵まれて仕事が辛い…と思う事なく楽しく過ごせた3年でした。
今思えばなんで辞めたんだろうって思う事もあったり無かったりしますが漠然と留学したいと思っていたのも事実なのでわずかですがこの三年間で留学費用のお金を貯めました。留学先はこれまた漠然とアメリカだろうと思っていたのですがイロイロあってイギリスにしました。結果これはこれで良い選択で帰国して早20年以上経ちますが未だにメールなどで交流があります。
イギリス留学話はまたさせて下さい!
仕事の話に戻って仕事を辞めてすぐに飛びたった訳ではなく、半年アルバイトしてました。アパレルにスーパーに接客メインですがこれまたイロイロやってました。chacoは基本的に人と接する仕事が好きだったと思います。アパレルではその後イギリス留学でお世話になった友達が出来たし、今でも繋がる友人と出会えたのもこのアルバイトでした。
1年程留学と言う名の遊学に行き帰国後アルバイトをしながら漠然と今度働くなら事務系の仕事が良いかな(事務経験がほとんどなかったので)とアルバイトで入った会社にかれこれ20年近く務めています。
独身の働き方、子供がいる時の働き方
独身時代は残業しようがシフト制だろうが関係無く、業務を行っていました。接客業でしたが、お客様との関わりや同僚との関係もよく楽しく仕事をしていたと思います。ただ、社会人になって始めた習い事が平日夜、土日にする事が多く、シフト制のもどかしさを感じていた時期でもありました。
シフト制とは、働く時間や曜日などが常に一定ではない勤務形態の事で、日によって働く人数や人が予め決まっているため、同じ職場で働く人が毎日同じ時間、毎週同じ曜日に出退勤する固定制勤務とは異なり習い事に合わせる事が中々難しかったです。シフト制は当事者同士が了承していれば、お互いの勤務を変更する事は出来ますが、それが重なるとそもそもシフトの意味が無くなってしまう為、結構ハマった習い事でしたが出るに出られずもどかしかった思い出があります。
そして、遅めの結婚をして今現在の会社で産休育休を取り時短で復帰しました。制度が整っていた事もあり、比較的産休育休も取りやすかったです。
今までシフト制で土日祝関係ない職場でしたが、月曜日~金曜日の固定制勤務に部署異動をさせていただきました。これまで固定制勤務をした事が無かったのでまず五勤に慣れるのが大変だった記憶があります。シフト勤務は3勤1休2勤1休の事が多かったので五連勤は慣れるまで大変でした。ただ慣れるのに時間はそんなに掛かりませんでした。子供たちもいたのでメリハリがあってより規則正しい生活が出来たように個人的には思いました。
保育園1年目はやはり保育園の洗礼を浴びたり、不注意の怪我などがあり何度かお休みを頂きました。比較的融通の効く会社ではありますが昭和生まれのchacoにとっては仕事を休む事に抵抗がありもどかしかったです。
看護休暇(chacoの会社では未就学児1人につき5日間)と有休とをなんとか使って凌いでいました。
コロナ禍突入
ようやく慣れてきた保育園生活。子供たちは毎日元気に通ってくれたので2年目以降は仕事を休む事も呼び出される事もほとんどなくなりました。
所が、コロナ禍に突入し軒並み保育園が休園し始めました。職員や園児の1人が掛かってしまうと濃厚接触者という事で登園禁止。ホントに大変でした😭
chacoの会社は完全な休みにはならずチームを組んで出社する日そうでない日を分けての勤務形態でした。当時症状の出ていなかった母を応援に呼ぶ事はコロナ禍の為控えたので、主人と2人でなんとか保育園休園を乗り切りました。
大変でしたが子供たちと過ごせた時間は楽しかったです。どこにも行けないので家で遊べるおもちゃなどが大活躍しました(*^^*)
以前もお話しましたが、アガツマのアンパンマンうちの子天才ブランコパークDXは本当に大活躍しました。家にいながらそれなりに運動ができる優れものです。またブランコ部分を外すと鉄棒にもなるので少し大きくなってブランコに物足りなくなってきたら鉄棒として活躍しました。
とは言え、年子男子、外で遊びたいが凄かった時期でもあったので、人の少ない朝の時間を狙って様々な公園巡りも楽しみました。
chacoの会社はコロナ禍の時に部署によって少しリモートワークを行いましたが基本的には出社でした。
コロナ禍もあり多くの会社がリモートワークを取り入れる中、頑なに行いませんでした・・
まとめ
コロナ禍で保育園が休園となり、子供達と貴重な時間を過ごせました。仕事もリモートで出来たし働き方についてコロナ禍では色々考える時間にもなりました。環境も大きく変わりました。
chacoの会社は産休育休も取れるし時短も出来ていたし融通という面ではとても恵まれていたと思います。あと欲を言えば在宅出来る環境があれば言うことなしなのですが・・
頑なに良しとしてくれません。(face to faceが良いそうな・・)
子供達も小学校に入りいわゆる小一の壁、学童と保育園の違い、土曜授業の度にある振替休日などなど。例に漏れず保育園のありがたさをひしひしと感じているのと同時にこの働き方でこれからも行くのかと思ったらちょっと違うかもしれないと思い始めました。
親の件もあるし働き方、もう少し自由に働きたいと考えるようになりました。
とりあえずは今の仕事を続けつつ、別の道を模索するため行動を起こそうと思ってるところです。
状況等報告させてください。
今日はこれでおしまいです。ありがとうございました。
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